「診療所のない他県へ主たる事務所を移転することはできるのか」
以前から気にかかっていたことについて、考察してみました。
分かりやすくするため具体的な県名を挙げていますが、実際の案件ではございません。
Q 主たる事務所を埼玉県、診療所も埼玉県に置く医療法人が、診療所のない神奈川県に主たる事務所を移転したいと考えてるが移転は可能か?
A 診療所のない他県へ主たる事務所を置くことは難しい
論点1 主たる事務所を他県へ変更する場合の定款変更は、変更届で済むか
論点2 診療所のない県に主たる事務所を置くことは可能か
論点1について
主たる事務所を移転するということは、定款を変更することになるので、通常は定款変更認可申請が必要となる(医療法第54条の9第3項)。
しかし、主たる事務所のみを変更をする場合は、認可でなく届出で足りるという規定がある(医療法第54条の9第3項、施行規則第33条26、医療法第44条第2項第4号、医療法第54条の9第5項)。
ただし、この届出で足りるとするケースは、同一県内での事務所移転の場合のみであると考える。
根拠は医療法第44条である。
医療法第44条「医療法人は、その主たる事務所の所在地の都道府県知事(以下この章(第三項及び第六十六条の三を除く。)において単に「都道府県知事」という。)の認可を受けなければ、これを設立することができない。」
つまり、主たる事務所が神奈川県になると、認可権者が神奈川県知事となる。
主たる事務所の移転は変更届で足りるという規定からすると、変更届出書は神奈川県に出すことになるが、神奈川県知事からは設立認可を受けていないので、実際は変更届を出すことはできない。また、埼玉県への変更届を出すことも同じくできないであろう。
以上からすると、県をまたいで主たる事務所を移転する場合は、神奈川県に新規設立認可申請をするか、または両県の間で認可の引継ぎが行われるなどといった簡略的な措置がとられる場合はそのような手続きをすることになると考える。もちろん、今回のケースは、移転先に診療所を置いていることが前提である。
論点2について
そもそも主たる事務所と診療所を別の場所に置いてはいけないという規定はない。
また、届出では足りないまでも少なくとも認可申請をすれば、主たる事務所は移転することはできる。
しかしながら、医療法の趣旨や医療法人の責務などを考慮すると、診療所のない県へ主たる事務所を移転することは実際はできないと考える。
(医療法第1条、第40条の2、第45条)
医療法第1条 「この法律は、医療を受ける者による医療に関する適切な選択を支援するために必要な事項、医療の安全を確保するために必要な事項、病院、診療所及び助産所の開設及び管理に関し必要な事項並びにこれらの施設の整備並びに医療提供施設相互間の機能の分担及び業務の連携を推進するために必要な事項を定めること等により、医療を受ける者の利益の保護及び良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を図り、もつて国民の健康の保持に寄与することを目的とする。」
医療法第40条の2 「医療法人は、自主的にその運営基盤の強化を図るとともに、その提供する医療の質の向上及びその運営の透明性の確保を図り、その地域における医療の重要な担い手としての役割を積極的に果たすよう努めなければならない。」
医療法第45条 「都道府県知事は、前条第一項の規定による認可の申請があつた場合には、当該申請にかかる医療法人の資産が第四十一条の要件に該当しているかどうか及びその定款又は寄附行為の内容が法令の規定に違反していないかどうかを審査した上で、その認可を決定しなければならない。
2 都道府県知事は、前条第一項の規定による認可をし、又は認可をしない処分をするに当たつては、あらかじめ、都道府県医療審議会の意見を聴かなければならない。」
そうは言っても、例えば、東京都足立区と埼玉県川口市という隣接地間での移転で、かつ理事長個人所有の事務所を安く賃借できるなどという合理的な理由があれば、医療法の趣旨に合致するなどと評価され、診療所のない他県へ主たる事務所を移転することが可能な場合もあるだろう。